動脈管の閉鎖機構
動脈管は大動脈と肺動脈をつなぐ血管であり、胎生期の生命維持に必須である。動脈管は出生直後より閉鎖に向かうが、その後もしばしば開存したままとなる。動脈管開存症は特に未熟児の生命予後を左右し、肺高血圧、右心不全、感染症、呼吸障害を引き起こす。1500グラム以下の早産児では動脈管開存症の割合は30%を超える。また、動脈管開存症は正期産の新生児ではおよそ500人に一人の発症率であり、先天性心疾患のうち多くの割合を占める。一方、肺動脈閉鎖や、大動脈離断のように動脈管に血流を依存する先天性心疾患にとって動脈管の開存は生命の維持に必須である。このため、動脈管の開存と閉鎖の分子メカニズムを解明し、開存と閉鎖を制御できるようになることは、小児医療上重要な課題である。
動脈管の閉鎖は2つの機序から成る。ひとつ目は「機能的閉鎖」であり、出生直後の肺呼吸の開始とともに直ちに動脈管平滑筋の収縮が始まる。2つ目は、「解剖学的閉鎖」であり、胎生中期から始まり、出生後数日までの間に血管壁の構造が変化する(血管リモデリング)。これら2つの過程は哺乳類に共通する動脈管閉鎖の機序である。動脈管の閉鎖にとって血管リモデリングが非常に重要な過程であることは明らかであり、動脈管で胎生後期から内膜肥厚に代表される血管リモデリングが起こるという現象は1970年代の研究で既に明らかにされていた。しかしながらその形成に関与する分子機構は現在に至るまでほとんど解明されておらず、動脈管開存症に対する現在の内科療法は唯一、プロスタグランディンE(PGE)合成阻害剤による血管収縮を目的としたもののみであり、解剖学的閉鎖を促進する治療法は現時点では存在しない。
動脈管における細胞外基質産生と平滑筋細胞遊走
動脈管の血管壁のリモデリングは胎生中期より始まり、出生後にさらに急速に進行し動脈管は器質的に閉鎖する。血管内膜肥厚は隣接する大動脈や肺動脈には見られず、動脈管に特徴的な所見である。血管内膜肥厚は、血管が経皮的血管形成術などによって傷害された場合や、動脈硬化の時などにみられる変化として有名であるが、動脈管においてはこれらが生理的に形成される。内膜肥厚は、①内弾性板の断裂、②弾性線維の低形成、③細胞外基質の沈着と血管平滑筋細胞の遊走、といった過程を経て形成され、出生後の完全な閉鎖に寄与する。動脈管開存症の患者や動物の動脈管開存症では、この内膜肥厚が十分に形成されないことが報告されていることからも、この血管壁の変化は器質的な動脈管閉鎖に極めて重要な役割を果たしていると考えられる。
PGE2は、ホスホリパーゼA2(PLA2)によってリン脂質から遊離されたアラキドン酸にシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase: COX)や膜結合型PGE合成酵素(microsomal prostaglandin E synthase: mPGES)が作用することにより産生される。PGE2
は胎盤と動脈管自体から産生され、その受容体にはEP1、EP2、EP3、EP4の4種類があり、それぞれ異なる細胞内シグナル系を介して様々な生理作用をもたらす。PGE2
はEP4を介して動脈管を強力に拡張させる。しかしながら、EP4欠損マウスでは予想に反して動脈管が出生後も開存してしまうことが報告された。我々は、EP4欠損マウスでは動脈管の内膜肥厚が形成されないことを見出した。さらに、このEP4欠損マウスでは、動脈管でのヒアルロン酸産生が著しく低下していたことから、PGE2-EP4-サイクリックAMP(cAMP)-プロテインキナーゼA (PKA)
シグナルが2型ヒアルロン酸合成酵素の発現を増加させ、ヒアルロン酸の貯留が平滑筋細胞の内腔面への遊走を亢進させることで内膜肥厚を形成させることを明らかにした。
我々はまた、PGE2-EP4刺激により産生されるサイクリックAMPの標的分子であるExchange Protein Activated by cAMP 1(Epac1)が胎生後期に向かって動脈管で発現が増加し、平滑筋細胞を遊走させることで動脈管内膜肥厚形成に関与することを明らかにした。
動脈管における弾性線維形成低下の分子機構
血管中膜の弾性線維形成低下は動脈管にみられるリモデリングの特徴の一つである。弾性線維が疎であることから、平滑筋細胞が中膜から内膜へと遊走しやすくなるため、弾性線維の形成は内膜肥厚形成とも関連が深い。また、中膜に幾重にも層をなす弾性板・弾性線維は血管が管腔構造を保つために必要な支持体である。このことから、弾性線維が低形成であることはさらに動脈管を閉塞しやすくしていると考えられている。さらに、動脈管開存症では、弾性板の断裂が乏しく、平滑筋細胞の内腔面への遊走が認められないことがヒトや動物モデルから示されていることからも、弾性線維の形成は動脈管の閉鎖に深く関与している。
我々は、胎生中期・後期にかけてPGE2-EP4刺激が動脈管の弾性線維の形成を抑制することをEP4ノックスとマウスやヒト動脈管組織の検討から見出した。動脈管ではEP4が高発現し、弾性線維は低形成である。一方、大動脈は弾性線維が高度に形成されており、EP4の発現は低い。弾性線維は、フィブリリン1、フィブリリン2といった足場蛋白にエラスチンをはじめとした複数の蛋白質が沈着し、最終的にリシルオキシダーゼでエラスチン蛋白が架橋結合されることで形成される。これらの過程のうち、PGE2-EP4シグナルはリシルオキシダーゼをエンドサイトーシスでとりこみ、リソソームで分解することで弾性線維の形成を抑制する。また、この作用はフォスフォリパーゼC(PLC)を介するものであり、EP4シグナルにおける主要なセカンドメッセンジャーであるcAMPの作用とは異なることが明らかになった。
これらのことより、胎生中期から後期にかけて胎盤から多く産生されるPGE2はEP4受容体を介して、胎生期での動脈管の拡張を促すことで循環動態を維持すると同時に、出生後の閉鎖に向けた血管リモデリングを促進していることが明らかになった。
代表論文
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