弾性線維の再生の現状
弾性線維はコラーゲンと並ぶ生体内二大細胞外基質である。しかしながら、弾性線維を形成する能力は出生後に臓器の発達が止まると急速に失われ、一度破壊された弾性線維は再生させることができない。すなわち現時点では、体外においても細胞から弾性線維を構築することができないため、生理的な人工血管も存在しない。
先天性心疾患の外科治療ではゴアテックスなどの人工材料から作製された血管グラフトが使用されているが、小児患者が成長しても血管グラフトが成長しないために、多くの場合術後遠隔期に狭窄をきたし再手術が必要となる。再生医療を目指した細胞からの三次元組織構築法の研究が著しい発展を遂げているが、血圧に耐える強度と弾性を求められる血管組織ではその開発は極めて遅れている。このため、人工材料を使わずに細胞だけで作る、成長する可能性のある血管グラフトがあれば、小児用の血管グラフトとして理想的である。
弾性線維の形成には、まず細胞表面にフィブロネクチン原線維が構築されることが重要なステップである。このフィブロネクチン原線維に前述のようにフィブリリンなどのマイクロフィブリルが結合し、さらにエラスチンやファイブリン5などの複数の蛋白が沈着し、リシルオキシダーゼが架橋結合することで機能的な弾性線維が構築される。しかしながら、通常フィブロネクチンは可溶性の状態で存在し、線維形成していない。フィブロネクチンがインテグリンα5β1と結合することで、低分子量Gタンパク質の一種であるRhoAのシグナル経路の活性化とアクチン重合を介して立体構造変化が起こることで、フィブロネクチン同士の結合が可能になり線維形成されることが知られている。
近年、軟骨細胞において静水圧を印加することでRhoAの発現増加がおこり骨分化が促進されるという報告がなされた。RhoAがアクチン重合を介したフィブロネクチン集合に関わっているという報告もあることから、筆者らは静水圧を印加することで、フィブロネクチン集合・線維形成が促進するのではないかと着想した。また、軟骨細胞に静水圧を印加することで細胞外マトリックスの発現が増加したという報告があり、さらにRhoAが、臓器サイズをコントロールするHippo-YAP経路を制御しているという報告があることから、静水圧を印加することによりRhoAとYAPを介したフィブロネクチンの発現増加も期待できると考えた。
周期的静水圧印加による弾性を有する人工血管の開発
我々は細胞のみから構成される動脈用血管グラフト作製を目指して、血管平滑筋細胞に静水圧を加えることで、フィブロネクチンの足場を形成させ、三次元的に平滑筋細胞を配置できるかを検討した。
まず初めに、周期的静水圧印加ができる装置を大阪大学の金子らと共同で開発した。市販のヒト動脈平滑筋細胞をシリンジに入れ、周期的静水圧印加を行うと、110-180kPa 0.002Hzの条件でシート状の構造物が作製された。免疫細胞化学染色を行ったところ、この培養条件で、Fアクチンの増加と細胞表面のフィブロネクチン原線維形成の促進が確認された。
次に、多層の細胞シートの作製を目指し細胞播種と圧力印加を交互に行ったところ、三次元的な層構造を有する多層細胞シートが作製できた。一方、大気圧で同様の工程を行っても十分な層構造は確認できなかった。さらに、弾性線維形成能がより高いラット新生仔血管平滑筋細胞を用いて同様の工程で10層のシートを作製したところ、高い弾性を有するシートを得た。成体ラットへの移植実験では、細胞シートが血圧に耐えただけではなく、グラフト移植部分の血管内腔側がホストの内皮細胞によって完全に被覆されることが明らかになった。
ラット由来細胞で移植可能な血管グラフトが作製できたことから、分娩時に得られたヒト臍帯から臍帯動脈平滑筋細胞を初代培養し、同様の工程である細胞播種と周期的な圧力印加を繰り返して血管グラフトを構築した。作製した血管グラフトの破断応力は1261 mmHgであり、ヒトの大伏在静脈と同等の強度を有していたため、これらの血管グラフトをヌードラットの大動脈へ移植した。血管パッチグラフトとして移植可能であり、移植後1-3ヵ月時点で、血管グラフト内腔は完全に内皮化し、閉塞は認めなかった。
代表論文